カウント0
「バカ、な……」
「バカはお前だよ、XANXUS」
くすくすと鼻筋を抜けるような嘲笑が静まりかえった辺りに波紋を広げていく。
「お前は俺を把握し、掌握し、調教したつもりだったらしいけど……理解だけはしなかったからね」
ちゃんちゃらおかしい。
ビキビキとXANXUSの身体を這い上がる氷の速度が増していった。
「お前の狙いは俺がとち狂ったように俺の守護者を殺して回ること、か、殺すまではいかずとも狂気を振りまいて危機感を呼び、俺を完全に十代目候補から外すこと、だったのかな」
上手くいけば、九代目の弔い合戦なんて名目すら必要なくなるかもしれなかったね。
なんにせよ、争奪戦は無駄になり、俺はお前の手駒として隠蔽される。
ハッ!そんなこと…。
ク、としなる唇から、再び嗤いが溢れ出る。
そうしてどんどんと胸元から肩へ、首筋から額へ。
透き通った氷の刃がXANXUSを包み込む。
「浅はかだねXANXUS。お前は俺をわかっていない。確かに…守護者、なんていらないから?そのうち壊しちゃうけどね。彼らはなかなか『壊れない人間』みたいだし」
小鳥が人形へと変化する時間が長ければ長いほど、俺は遊んでいられるんだから。
ビキ!とXANXUSの脳天まで到った氷。
膝を折るような形で固まったXANXUSの太もも辺りに片足を乗せ、落としたタバコを消すように、ぐりぐりと踏みつける綱吉の瞳は……冴え渡るように澄んでいた。
「でもね……何年も、何年も何年も押し込められ、閉じ込められ、出てくることを許されなかった俺が、今最優先にしたいものは、そんないつでも出来ることじゃあないんだよ」
グッ、グッと足裏に力を込めるたびに言葉を切る綱吉は天を仰いで、XANXUSから顔を背けた。
ゆっくり、ゆっくりと首を回して。
見つめる先にあるのは……校舎。
「俺はね、俺の世界を取り戻したかったんだ。俺とスクアーロだけが『存在』しているあの頃の二人きりの世界を!」
知らないはず、知らされていないはずなのに。
綱吉の中ではまだ、スクアーロは死んだ者のままのはずなのに。
その向こう側、観覧席に新たに招かれた客人の存在を、射抜いて見るように、まっすぐ。
「あの頃のお前は存在しているはずなのに、干渉しようとはしなかった。俺の『鍵』をスクアーロにして、スクアーロに従うように仕向けるためだった?自分でやればいいのに…そんなに俺と関わるのはいや?」
いやだよねえ。そりゃいやだよねえ。
お前の持っていない、お前が欲しても得ることのできない正統な血筋を、俺は持っているものねえ?
劣等感を煽られたくなくて、自分からは遠ざけて、自分に一番近い下僕に押し付けた?
浅はかだねXANXUS。
浅はかすぎて、嗤うにも値しない。
「お前は理解していなかった。俺がどれほど依存しきっているのかを」
冷め切った口調、冷め切った瞳が微動すら許されないXANXUSを見下すためだけに動かされる。
「俺の世界を完成させるためにね……一番邪魔だったのはお前だよ、XANXUS」
だから。
最優先は、お前の排除。
「お前を殺せばスクアーロは怒るかな。絶望するかな。ううん、きっと怨嗟に駆られて俺を殺しにくるだろうね」
どこか、うっとりとするような、陶酔しきったような綱吉の表情は周囲の荒れ果てた惨状とはそぐわぬほど壮麗で。
「そうなればスクアーロは俺のことだけを考え続ける。俺だけを見つめて生きていく。俺だけを追いかけて走るんだ。……想像しただけでもゾクゾクするでしょ」
ふふふふ、と掌で口元を隠しながら笑う綱吉は、一変し、至極無邪気で。
「闇に消えてしまいたかったのに、お前もスクアーロも、平然と妨げやがったんだ」
報いを受けさせるに決まってるじゃないか。
はははは、と高らかに声を上げた綱吉はまるで覇者のようで。
「お前への甘美な裏切りは、これでおしまい」
はた、と表情を消し去りながら、綱吉はゆっくりと首を回した。
もうすぐ。
もうすぐ何も知らない『守護者』たちがこちらへやってくるだろう。
「これから始まるのは……惨劇」
ぎゅっと拳を握り締め、ぺろりと口の端を舐めながら綱吉はXANXUSに背を向けた。
まるで興味を失ったように。
まるで、はじめからなにもないかのように。
「スクアーロ」
……やはり。
綱吉は確信しているのだ。
己を映すレンズに向かって、ふわりと微笑みかけてさえみせる。
「もう一度、言っておく」
狂っている。
狂っているのだ。
お前も―――俺も。
モニターいっぱいに捉えられた綱吉を見上げ、わななく指先を握り締めながらスクアーロは戦慄した。
ぞくぞくするのだ。
これから、動けるようになったら、真っ先に、あいつを殺しに行くのだと思うと。
「あんたは一番最後にとっておいてあげる」
XANXUSを奪われた痛みに乗せて、あいつを捕らえるための期待が疼く。
「あんただけが、俺の世界なんだから」
真紅に染め上げられた手で、お前は俺を殺し、俺はお前を殺すのだろう。
遠く、耳鳴りのようなさざめきを寄越す未来が瞬時に脳裏を駆け巡り。
「ここまでおいで、スクアーロ」
奥底で待ち受ける両手が、焦がれる赤を纏っていた。
スカーレット
難しい!
何が書きたいのか、というのが伝わりにくい、ですよね!
テーマは「スクアーロにぞっこんラブな綱吉」でした。スクアーロのことしか考えていないラブいツナを書くんだ!と勇んだ結果がこれです。……甘さ、どこいった。
ここまでお付き合いくださり、本当にありがとうございました!